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2015.12.13 Sunday

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    母の日

    2015.05.14 Thursday

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      母の日が終わりました。

      お母さまを亡くした方も辛い日だったと思いますが、
      唯一の子供を亡くした元・母親にとっても、ちょっとしんどい一日です。

      一度母親になるとその感覚はなかなか失われないもの。
      母性的な気持ちはまだ残っているのに、自分は世間から母親とみなされない。
      なんだか悲しいことであるよ、と毎年思います。

      けれど今年は違いました。
      私の事情を知っている、とあるメーカーの担当営業さんが
      来場者に配るカーネーションのバスソルトを私にもくださったのです。
      とっても自然にさりげなく。


      私にとって1回目の母の日は出産直後で(+夫も気の効く人ではなく)
      2回目の母の日は入院中。
      3回目の母の日は死別直後。

      一度も母の日のプレゼントをもらったことがなかった私にとっては
      初めての母の日のプレゼントです。

      「もらってしまったら複雑な気持ちになるかもしれない」と危惧しましたが
      そんなことはなく。
      ただただ純粋に嬉しかったです。

      これが時の力というものなのかもしれません。
      カーネーション
      3月下旬の息子の命日から始まった私の命日反応シーズンもこれでひと段落。
      「自分を労わるシーズン」も終わったので、精力的な活動を再開しようと思います。

      7回目の命日

      2015.04.17 Friday

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        今日は息子の7回目の命日。

        毎年命日前後は記念日反応でぼーっとしてしまい、
        ここ数年は、指を包丁で切って外科に行ったり、
        火傷をして外科に行ったりしておりました。

        外科の先生に「毎年この季節にだけ来られますね」と言われたのが昨年の出来事
        今年は「あの先生のお世話にならないこと」を目標に過ごしました。

        結果として、本日まではなんとか達成。
        包丁を滑らしたり、火傷をしたりはしたのですが、病院にいくほどの惨事にはなりませんでした。

        勤務日を調整して、本日はお休みを取得。
        外出をする予定で身支度までしたのですが、なんだかとても疲れてしまい、結局終日寝て過ごしてしまいました。

        母の日が終了する来月まであと少し。
        引き続き気を引きしめて過ごします。

        葬式饅頭とシンパシーギフト

        2015.02.26 Thursday

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          義父が死去してからお通夜まで、義父母のお友達が次々と弔問に訪れてくださいました。
          義母も私も睡眠不足でふらふらになりながら対応しました。

          みなさんきちんとした服装で来てくださるのですが、
          私は病院に駆け付けた時のセーターにジーンズの姿のまま。
          「とにかく失礼のないように」と気を張りながら、お茶を出していました。

          義父は何か月も入院していて、義母も付き添っていたので、
          家の中にちょうどよいお茶菓子がありません。
          「買に出かけるわけにもいかないし、どうしよう」と困っていたところ
          お客様が帰りがけに「よかったらこれを使って」と私に箱を渡してくださいました。

          箱の中身は、弔事用のお饅頭。
          おそらく私たちと同じような経験をされた方なのでしょう。
          お心遣いを大変ありがたく感じました。

          いただいたお饅頭は、お客様にお出しする時だけでなく、
          私たちが葬儀の準備と後片付けに疲れた時、心を体を癒してくれました。



          以前アメリカのシンパシーカードの習慣を調べた時、「シンパシーギフト」という商品群に出会いました。

          ドライフルーツやナッツ、チョコレートといった簡単に口にすることができる食品を籠や箱に盛りつけたもの。
          飲み物が添えられているものもありました。

          悲しくて忙しくて倒れそう。だけど食事をとるのも億劫。
          そんな死別直後の遺族にとって、こういった食べ物の贈り物はありがたいものなのだと、今回実感しました。


          食品は賞味期限があるので、現段階の碧香堂で取り扱うのは難しいですが、
          将来は食べ物・飲み物のグリーフケアギフトも提案もできればと思います。

          ハーブティー
          葬儀でおすそ分けいただいたお花が枯れ始めたら、ご遺族もそろそろ寂しさを感じる頃。
          ハーブディーの贈り物など喜ばれると思います。

          義父の葬儀

          2015.02.20 Friday

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            先週、1年3か月の闘病を経て、義父を見送りました。

            私の社会復帰を応援してくださった義父。
            西尾の講演後に病院に足を運んだ時には、前日失った意識を取り戻し
            「仕事を途中で切り上げさせてしまったかね?」と声をかけてくださいました。

            最後の笑顔の口元が、息子に似ていました。

            葬儀では喪主の妻として頑張りました。
            気が付くと「息子の時」と比べてしまい、知らず知らずのうちにダメージが蓄積。
            菊
            葬儀も大変でしたが、事後の各種手続きも大変でした。
            各種名義変更、確定申告、年金の手続き、相続etc。
            息子の時にはなかった手続きの数々に「大人が亡くなるとはこういうことなのだな」と実感。

            私は病院通いの疲れと、葬儀のダメージも手伝って、放心状態です。
            私ですらこうなのですから、義母はさぞかしと思います。

            寝ても寝ても眠いぼーっとした頭で
            「旦那様を亡くした方は、私たちと違った苦労や苦悩もあるのだ」などと思いながら
            日常生活を再開しようと努力しています。

            セルフモニタリング

            2015.01.12 Monday

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              今回の年末年始は頻繁に病院に通う必要がありました。

              私にとって、死別後もトラウマとして残っているのが、病院での入院生活。
              1年間の入院付添い生活には辛いことが沢山あり、
              私にとって病院は、今でも「思い出したくない」「できるだけ避けたい」と思う存在です。

              TVの映像ですら、病院の風景は見たくありません。
              点滴やナースさんを見るだけで心臓がぎゅっと縮こまり、
              息が出来なくなるような感覚に襲われます。


              しかし、今回はそうも言っていられません。

              過去のことを考えないように気持ちに蓋をして、
              自分自身も楽しくなるようなお土産を持って、
              できるだけ夫と一緒に行くようにするなど工夫はしていました。

              想定外だったのが、緊急外来。
              私が一人で病院に行かなければいけなかった時、その時間帯は緊急外来の出入口しか開いていませんでした。
              「緊急外来」という文字を見ただけで、退院後に外来に通った日々を思い出し
              落ち着かない気持ちになります。

              でも仕方ありません。

              意を決して、できるだけ足早に通り過ぎます。
              泣き叫んでいるお子さんはまだ大丈夫。
              それだけの元気があるということは、多分重病を抱えているのではないのです。
              じっと点滴を受けている車椅子のお子さんが視界に入ったので、
              私はできるだけ見ないようにして通り過ぎましたが、不安そうな若いお母さんの顔を見てしまいました。

              それでも人気のない廊下に差し掛かかり「やり過ごせた」と気を緩めた時、
              子供用ベッドが視界に入りました。

              大人用のベッドと異なり、ベビーベッドのように高いゲージがついているそれは、
              私の息子が使っていたのと同じ。
              私が1年間体を縮めて添い寝をしたベッドと同じ形と色をしています。

              気が付くと私は立ち止まり、ベッドを見つめていました。
              そして、ゲートの上げ下げにコツがあり、レバーを握って少し持ち上げてからゲートを上げ下げする必要があります。

              気が付くと私は足を止め、ベッドを見ながらその動作をシミュレーションしていました。

              そんな私の至近距離をマスクをした人が忙しそうに通り過ぎ、
              私は我に返りました。

              まずは、思わず立ち止まるほどのダメージを受けた自分の弱さにがっかり。

              けれどすぐに気持ちを切り替えます。

              こういう時は、何も考えずに、まずは自分のダメージを確認。
              「今のはかなりのダメージだったな」と自分の状況を確認し、
              「帰りはあの道を通らないようにしよう」と対策を立て、
              目的の場所へと急ぎました。



              死別にまつわるトラウマは人それぞれですし、自分に合った対処方法も様々だと思いますが、
              私は、まずは自分自身の状況を確認するよう心がけています。
              死別後すぐにはできなかったことですが、数年後からできるようになりました。

              心理学用語で自分自身の状況を認識することを「セルフモニタリング」というのですが、
              これを行うことで、感情の渦から一旦逃れることができます。

              また、その後で「ダメージを受けてしまった自分」ではなく、
              「対処できた自分」を認識し、「前よりは前進した」と自分で自分をたたえることが大切だと聞き、
              できるだけ前向きに考えるようにしています。

              いろいろと試した結果、自分にはこの方法が一番向いていると感じ、
              いざという時に「セルフモニタリング」を行うよう心がけています。

              それでも思い通りにならないのが、心と気持ちの難しいところ。
              次の日は休ませてもらい、自宅でゆっくりと過ごしましたが、
              疲労感は翌々日まで続きました。

              どなたかのご参考になればと思い、記録しておきます。
              とりとめのない記事で申し訳ありません。